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徳川家康が16人のこどもを作った時代は添加物いっさいなかった

読了までの目安時間:約 5分
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徳川家康が歴史でよくでてくる人物ですね。子孫を多く残したことでも有名です。

 

精子と卵子は弾丸のように引き合う

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精子はミサイルのような形をしています。

女性の膣に入ったあと、長いしっぽで泳ぎながら陽性の卵子を目指して突進していきます。

 

精子と卵子は弾丸のように引き合うのです。

 

多数の精子の中で一番強い精子がひとつの卵子と受精します。

受胎の決定的瞬間です。

 

残りの精子は膣の中でのたれ死にます。

自然界の動物は発情期のとき、オスどおしが命がけで闘いのとよく似ています。

 

夜にパパやママが愛しあおうとするとからだの中の卵子も精子も喜びあってダンスして踊っているんだって♪

見えない世界で、精子も卵子も命の誕生を喜んでいるかのようですね!

 

でも今の男性は肉と砂糖と果物、アルコールなどを食べたり飲んだりしているから精子の頭が崩れて形が悪かったり、しっぽがなかったり、奇形になっていることもあるようです。

 

数に関してはどんどん減っています。2000万から100万と精子の数が低下しています。

 

 

徳川家康の時代の男性の精子の数は3億以上あった

 

徳川家康の時代には添加物がいっさい、ありませんでした。

16人の子供を作った徳川家康の生活がどんな食生活だったかというと、ごはん党で、豆味噌が子づくりのスタミナパワーだったようです。

 

昔の男性の精子の数は3億個以上あったと言われます。

武士のお給料もお米でした。

日本人の生活の土台がからだの基本がお米だったことが、遺伝子に刻みこまれてるんです。

 

 

徳川家康は健康オタクだった

 

1・徳川家康は粗食をこころがけていた

 

贅沢は月に2~3度でいいと、麦飯と豆味噌中心の一汁一菜か二菜でした。

この組み合わせは疲労回復や脳の機能回復に効果的だそうです。

 

2・冷たいものは口にしない

徳川家康は夏でも火をとおしたもんを習慣つけていたそうです。

 

3・季節はずれのものは食べない

自然に育てられた食材は栄養成分が充実していていることを徳川家康は分かっていたようです。

 

4・肉も適度に食べる

70代で鷹狩りに出かけていた力強い体力は肉食から生まれたのかもしれません。

キジやツルを焼き鳥で食べていたそうです。

 

5・体を動かす

 

歳をとっても、徳川家康は剣術、弓術、水泳、乗馬、鷹狩りを好んでしていました。

 

6・香をきく

香木をたいて現在のアロマテラピーのようなものですね。

 

7・薬について学ぶ

徳川家康は、100種類を超える薬草を栽培していたそうです。

自分が飲んでいる薬がどんなものなのか、副作用はあるのかくらいの知識は持っていたいですね。

 

8・酒は薬として飲む

 

お酒は疲れをとる医薬として注目していた徳川家康でした。

現在もある養命酒は最初に作られたのは1602年でした。

江戸幕府を開いて献上された徳川家康は気にいったそうです。

 

こんな時代に養命酒があったなんて(#^.^#)

 

徳川家康は享年74歳でした。今でいうと100歳まで生きたと同じくらいです。

マネできるところは、マネしたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 



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